[vol. 002] Ansuya - Part1
インタビュー第2弾は、Bellydance Superstarsのメンバーとしても活躍している、世界的に有名なベリーダンサーAnsuyaです。
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NAME -- Ansuya
AS A TEACHER -- Over 20 years of Teaching Experience
LOCATION -- Hawaii
STYLE --- American Cabaret
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-Ansuyaのベリーダンス・スタイルについて教えてください。
自分では、私のベリーダンス・スタイルはキャバレー・スタイルにあたると思っています。というのも、私自身キャバレー・スタイルのダンサーに育てられました し、キャバレー・スタイルは、他のダンスの要素を取り入れ、融合させることができるスタイルだと教わってきました。なので、エジプシャンやトライバル、イ ンド舞踊、スペイン舞踊、アフリカンダンス、モダンダンス・・・など様々なダンスの要素を取り入れ、自分自身のテクニックを作り出していける「キャバ レー・スタイル」であるということが、とても「自由」に思えます。
ただ、スタイルの名称ということに関して言えば、それぞれのダンサーが自分の名前に由来した独自のスタイル名を作っていくことが出来るのが一番好ま しいと思います。例えば、Ansuyaスタイル、Sarahスタイルというように。各々が人生の過程で経験したことや、その時の感情などをダンスに反映さ せていったり、また、自分の好みのテクニックやスタイルを強く取り入れていくようになると、ほんとうに、それはその人独自のスタイルとなり、2つとして同 じスタイルというものは無いからです。でも、一般的に分類されているスタイル名に含まれないと悲しいので「キャバレー・スタイル」といってます(苦笑)。
-確かに、Ansuyaのベリーダンスは「Ansuyaスタイル」と表現しても良いほど、他のダンサーとは一味違った独創的なベリーダンス・スタイルだと思います。
ありがとう。そう言ってもらえ、とても嬉しいです。私の生徒たち一人一人も、それぞれ自分自身のスタイルを確立していって欲しいと思います。
-その独創的なAnsuyaスタイルの起源は、もちろん、世界的に有名かつアメリカのベリーダンス史上に大きな影響を与えたお母様からベリーダンスを習い始めた4歳の頃だと思いますが、その当時のことを聞かせてください。
4歳というのは、初めてパフォーマンスをした歳なんです。なので、ベリーダンスを習い始めたのは、もっと前・・・。正確に言うと、母は私が産まれる 2-3日前までベリーダンスを教えていたので、私がまだ彼女のお腹の中に入るときからになりますね(笑)。生後間もない頃から、毎週、彼女のクラスに連れ ていってもらってましたし、教室の隅でベリーダンスの曲を聴き、母や生徒さんたちのベリーダンスを見て育ちました。私がやっと歩けるようになった頃、母は 私を中・上級クラスに入れ、他の生徒さん達と一緒にベリーダンスを習いました。そのクラスでは、即興で踊るレッスンが中心だったので、小さな私でも曲に のって踊ったり身体を動かしたり・・・といった具合に、ベリーダンスに自然に触れることができたんです。
-まさしく、ベリーダンサーになるべくして産まれてきたと言っても過言ではないですね。その当時のことは鮮明に覚えていらっしゃいますか?
はい。覚えていますよ。私の周りには、素敵な「ママ」がたくさんいて。・・・というのも、母のクラスの先生や生徒さんたちが幼い私の面倒を良く見てくれたので(笑)。物心ついた頃から、私の中には自然にベリーダンスが溶け込んでいたんです。
-では、ベリーダンスを教え始めたのはいつ頃からですか?
ベリーダンスを教え始めたのは、多分、8歳くらいからです。母親のスタジオで、ビギナークラスなどを教え始めたのがきっかけです。自分で独立して教 えるようになったのは、18歳からで、ロサンゼルスを拠点に週6日間教えていました。その当時は週6日間のクラスに加え、週に10回以上のパフォーマンス をこなしていました。今は、少し一歩下がって、月に2回ワークショップを開催することにしています。私は今年で32歳になるので、24年間以上教えている ことになりますね。
-AnsuyaはBellydance Superstarts(BDSS)の当初メンバーに選ばれていますが、他のメンバーはどなたですか?
Jillina, Rachel Bryce, Amar Gamal, Soniaと私の5名が、最初のツアーのパフォーマンスを含めメンバーとして選ばれました。公演には出ていませんが、CD作成ではSuhaila Salimpourも加わっています。
-BDSSを立ち上げるにあたり、またはベリーダンスの発展という観点で、ご自分はどのような役割を担ったと思われますか?
とても素敵なご質問ありがとうございます。自分がベリーダンスの発展に少しでも貢献できればと思っているので(笑)。創造力に富んだ、革新的なスタ イルや技術をベリーダンスに取り入れたという点で、ベリーダンスの推進に貢献できたのではないかと思います。新しいスタイルや技術を取り入れるのは、実は 誰でも出来ることです。ただ、その方法を、私は母から学び、そして積極的に自分のスタイルとして取り入れ、見せてきたことが自分の貢献してきた部分だと思 います。
また、ベリーダンサー個人個人が自分独自のスタイルを確立していくということを、推進していきたいと言う思いが強くあります。なので、BDSSのメ ンバーとして、世界にベリーダンスを紹介できる機会に恵まれ、私が行ったことは、ルールを省くということでした。ルールを省くことで、様々な角度でベリー ダンスを魅せることができる。ダンサーが型に捕らわれず楽しみながら踊り、独自のスタイルをもつことの素晴らしさを見せることが出来ればと思い実行したこ とです。
-最近では新しいメンバーやトループも加わり、BDSS当初のメンバーが公演する機会も少なくなってきているようですが、その点についてはどう思われますか?また、今後BDSSメンバーとしての活動は続けていかれる予定ですか?
BDSSのメンバーとして、当初の5名に選ばれたことはとても名誉なことです。また、BDSSという活動自体が草分け的なことだと思います。 BDSSのツアーに参加することは、楽しみでもありますが、ツアーの状況やスケジュールと言う観点ではもちろんストレスもかかることであり、長期的に続け ていくのは難しいのも事実です。なので、当初のメンバーである、Rachel BryceやAmar Gamalや私などの数名は、以前ほど出演することは少なくなりました。
Miles Copelandsの目標は、BDSSを主流にすることで、その過程の中で彼は様々な面において向上・改善を行っています。例えば、ツアーのバスの新調だったり、スケジュールの軽減、健康保険の整備だったりと。
-健康保険ですか?
ええ。やっぱり、公演ともなると、整体やマッサージ師、栄養管理師など、そういった健康面でのサポートも必要となってきます。なので、Miles Copelandsは、このような面でも改善を行っています。ただ、一気にという訳にもいかないので、もちろん、少しずつ、ステップ・バイ・ステップです が。なので、数名のメンバーは、これらの状況が改善・整備されるまでは少し休みをとっている状況です。もちろん、出演参加する・しないの希望も柔軟に受け 入れてもらえるので、出来ることですが。
-公演やワークショップ等で世界各国を訪れる機会が多いと思いますが、中でもお気に入りの国はありますか?
いつも聞かれると、「日本!」と答えてます。私は日本でベリーダンスを教えるのがとても好きです。東京には今まで3-4回ほどワークショップ開催で 訪れていますが、日本の生徒さんたちはとても真面目で向上心が強く、一生懸命です。日本で初めてワークショップを開催した時、“顔の表情"について学びた いということで、ダンスをとおして感情表現する方法を教えたことがあります。その頃の日本の生徒さん達にとっては、感情を素直に表現するということが「新 しい」ことだったようで、皆さん熱心に聞き入り顔の表情を作り出すことに専念して練習されていたことをよく覚えています。その甲斐あってか、今では、みな さんとっても美しく、豊かで華麗な感情表現を顔の表情、身体の動き、そしてコスチュームを通して出来るようになりました。
日本の生徒さん達からとっても素晴らしいお手紙を頂いたこともあります。日本は、何て言うか、モダンでありながらも昔ながらの人と人との繫がりを大切にしている、上品で優しい文化を持った国だと思います。日本は私にとって特別な国ですね。
-日本が好きな国とは光栄です(笑)。
ぜひ日本のみなさんに、「I Missed You」と伝えてください。
-では、ベリーダンスに影響を与えてくれる国はどこですか?
まだ訪れたことはないのですが、ブラジルに行ってみたいです。私は、やはり、他のダンスに強く影響をうけるので、ブラジルの活気あふれるダンスを実際に見て、ベリーダンスのスタイルに取り入れてみたいです。